2016年01月15日

オープンから15年、「串処 膳サイゴン」経営者 石井和彦インタビュー オープンから15年、「串処 膳サイゴン」経営者 石井和彦インタビュー

「串処 膳サイゴン」経営者 

〇ベトナムで飲食業に関わることになったきっかけを教えてください。

 

 19歳の時、新橋第一ホテルにある日本食屋さんに勤めていました。このときは特に理由はなく飲食業で働いていましたが、仕事をしていく中で、少しずつ飲食業が好きになっていきました。その後、新橋第一ホテルから新宿のパークホテルへ行き、そこで知り合った先輩が大宮でラーメン屋さんを開いていたので、そこで勤め、それから主に「天狗」という居酒屋を展開している「テンアライド」に勤めることになりました。その時テンアライドでは、当時株式上場か海外展開かを迫られていた時期で、ゆくゆくは海外に出たいという気持ちがあったので、海外展開を待ち望んでいたのですが、会社が上場を選んだため、海外出店が無くなってしまいました。しかし、海外にいけないと分かったときに、逆に海外に行きたいという欲が高まってしまいました。その後5年近くテンアライドで働いていました。そんなときに、六本木の南蛮亭が海外要員を探しており、面接で選ばれて、1990年~1994年まで、南蛮亭の香港店で働くことになりました。その後、一度実家の文房具店を手伝うために日本に帰りましたが、海外に行きたいという気持ちがどうしても抑えることができませんでした。そんなときに、偶然にも六本木の南蛮亭のベトナム出店の立ち上げメンバーのお誘いをいただき、1995年の5月に初めてベトナムへ来ました。

 

 

〇その後ベトナムに来てからはどうでしたか?

 

 当時の空港はプレハブで作った駅の待ち合い室のような質素なものでした。空港から市内に入るまで砂利道が続き、電気もまともについていませんでした。オムニサイゴン(現在のイースティングランドホテルサイゴン)だけ明かりがついていましたね。最初はベンタン市場の近くの大きな一軒家を借りてスタートしました。店のオープンの準備に一年かかり1996年にオープンしました。ベトナムの南蛮亭のオーナーは南蛮亭のフランチャイズの権利を借りて、ベトナムに南蛮亭を出店したのですが、他の事業も手がけていました。1998年にその社長は出張でカンボジア向かう途中、飛行機の着陸に失敗してしまい亡くなってしまいました。大きな事故でしたが、当時のベトナムは情報統制で報道されるのに2週間ぐらいかかりましたね。その後、通常通りの営業に戻りましたが、お店をコントロールしてた人がいなくなり、儲けもそこまで良くなかったので2000年の暮れに南蛮亭を閉めることにしました。ベトナムにいる理由もなくなったので日本に帰ろうと思ったのですが、従業員のベトナム人数名がどうしてもこのまま飲食業やりたいと言うんですよ。私もそのことについて、色々な人に相談し考えました。そして、亡くなった社長の意思を引き継ぎたいという思いもあり、お金を借りてベトナムで飲食業をすることにしました。まず、場所を探しに行ったのですが、候補としてはサンワータワー、ガーデンビューコート、スカイガーデンがありました。当時スカイガーデンを管理していたのが伊藤忠商事さんで、その社長さんが南蛮亭によくご飯を食べに来ていたという縁もあって、2001年にその社長と相談して借金して現在の「膳」を出店することにしたんです。オープンの日は練習のために、お客さんが少ないと思ってテトを選んだのですが、当日はテトで雨も降っていたのにも関わらず、お店は大混雑で慣れないスタッフとともにすごく大変でした。この日のことは今でも忘れられません笑。

 

 

 

〇出店してから15年ですが、その中で一番苦労したことは何ですか?

 

 

 それは、従業員の教育ですね。お店に来ていただいた以上、お客さまの期待に応えなければならないわけですから。味はもちろんですが、私は、特にサービスで差をつけたいと思っています。サービスについては、何かトラブルが起きた時に知らないふりをするお店もあるし、ごめんなさいねっていうだけのお店もあるし、逆ギレしてしまうお店もあるし、次の日お菓子持って行って謝りに行くお店もあるしで、お店によって様々な対応の仕方がありますが私のお店では店で起こったことに関しては、例えこちらに非がなくともどんなに小さなことでもこちらの責任として対応しています。例えば、お客さんで焼き鳥を10本頼んだのに8本しか出てきていないっていう人がいた時です。串入れに串が10本あるとき、普通でしたら従業員はそこに10本あるじゃないですかと言うと思います。しかし、うちではそれは言わずお客さんのいうこと聞きなさいと指導しています。もしかしたらお客さんの間違いかもしれないし、お客さんを傷つけてはいけないないじゃないですか。もちろん、100%それをわざとやっているお客さんはダメですが笑。当初は、私もいろんな所に直接誤りに行きましたよ。工業団地からベトナム人の家にも。それが僕の仕事だと思っているので、とりあえず前面に出ていきました。ベトナム人に謝らせたって日本人は納得しないし、やはり上の人が謝らなければいけないと思います。他の店のことを聞いてみると、ベトナム人に謝らせているのを聞くんですね。それは自分がお客さんだったとしても良く思いません。そして、こちらでダメだったところや反省すべきところについては、従業員にこの失敗を次に活かすよう伝えています。いまだに一週間に一回ミーティングをし、お客様の対応で分からなかったことなどを共有して、その中で次に同じミスをしないようにする機会を作っています。

 

〇ベトナム人と働く上での難しさとは何ですか?

 

 日本の常識がベトナムの常識じゃないし、通用しないことですね。先程の串の話の考え方のような、僕が考えている飲食店の常識をベトナム人のスタッフが簡単に理解できるわけがありません。しかし、お客様に長く自分のお店を利用して頂くためには、そのような対応も大切だと思っています。もし、うちにいる従業員たちが、今のお店を卒業して新たにお店を開いたときに同じようなことがあったらこういう風にやれよと言って応援してあげたいです。

 

 

〇今後のビジョンはありますか?

 

 私は、今のお店で今の従業員と一生懸命働いていたいです。そして、それが彼らの生活のためになってほしいと思っています。従業員のなかで、新しくお店やりたいと言う人や一生懸命やるという人には、何かあれば助けたいと思いますね。

 

 

〇ベトナムにこれから来る人や今働いている方へメッセージはありますか?

 

 これからベトナムへ来る人には、ベトナムに興味がある人や、日本がだめだからという人もいると思います。でも、ベトナムを安易になめない方がいいというのは常々思います。ここに来ればなんとかなるものじゃないいし、そんなに甘いものでもない。僕は僕なりに、毎月棚卸や従業員の指導をしながら、日々のデータをとって研究し、常に営業でも曜日によって仕入れや従業員の配置も変えるなどの工夫をしています。それと、ベトナムで店舗を構えるなら日本以上に、ベトナムのしきたりや文化を知るべきです。もう一つは、気を長く持つということです。自分の従業員に何か言っても簡単にできるようになるわけではないので、こちらも我慢しながら教えなければなりません。途中できれていたら絶対に商売にならないし、従業員もついてきません。私は従業員を大切にしていますし、従業員の半分くらいは定着しており、中には10年働いている人もいます。そして、従業員が後輩を直接教育できるようにしています。

 

〇最後に一言

 海外に出るということは自分にとってプラスになり、日本にいるよりも様々なことができたり、色々なことが考えられるので意義があると思います。チャンスがあれば色々なことを経験した方がいいと思います。特に今のベトナムには何でもありますから来ないままだともったいないですよ。

 

石井和彦

プロフィール

お名前 : 石井和彦