2012年09月19日

仕事はいろんな経験を与えてくれる素晴らしいもの! 仕事はいろんな経験を与えてくれる素晴らしいもの!

YKKベトナム

Q1.学生時代はどんな風に過ごされたのですか?

実家は九州で、高校から家族の元を離れ、県外の全寮制の学校へ進学しました。それまで地元を殆ど出たことがなかったので、日本全国から集まっていた同級生と始めて話をした時に、同じ日本人なのに全く言葉が通じなかったのは大変衝撃的でしたね(笑)。先輩、後輩の上下関係が大変厳しい学校で、私は炭鉱町育ちということもあり当時は相当に生意気で粋がっていたのでしょう、入学式から早速先輩に目を付けられて、寮で毎晩のように心温まるご指導を賜りました(笑)。毎日、夜中に布団へ入ってから寮から逃げ出すことばかり考えていて、実際にかなりの同級生は逃げ出してしまいましたが(笑)、そこでの厳しい生活を本当にぎりぎりの中で乗り越えていったことは、自らの自信となり、生きていく力の源になったように思います。ただ、もう二度とそんなことはできないし、やりたくありませんが(笑)

 

Q2.YKKでの新入社員時代はどうだったのですか?

YKKに入ったのは将来海外で働けるチャンスがあるからという理由でしたが、最初配属された部署が本当に面白くなくて(笑)。あまり大きな声では言えませんが、毎日、5時きっかりに会社を出て、帰りの電車で転職のことばかり考えていました。そんな時、たまたま別の部署の上司が声を掛けてくれ、「お前にはそんな部署は合わないから、直ぐにおれの部へ異動しろ」といわれました。風変わりで生意気な社員がいるとどこかで聞いていたんだと思います。まあ、その上司も大学時代に相撲部で、相当に変った人でしたが(笑)。今から考えると人生を変える最高の出会いでした。本当に自分は運が良かったと思います。

仕事はいろんな経験を与えてくれる素晴らしいもの!

 

Q3.海外での仕事はいつがスタートだったのですか?

25歳の頃に香港に新しい会社の立ち上げで初めて海外勤務になりました。色々会社が準備をしてくれるのものだと思ったら、全て何もかも自分で用意しなくてはいけませんでした。ビザの手続きや、家の手配など、訳も分からず大変でしたね。

また、そこでの香港人の上司が強烈でした。私は「ミスター・チャイニーズ」と勝手にあだ名を付けていましたが、彼が君は若いし一人で寂しいだろうと言って、毎晩華僑の集まりに連れて行ってくれたのですが、これが当時、辛くて辛くて。夜8時、9時スタートで2時過ぎまで毎晩つき合いです(笑)。たぶん駐在中にブランデーを100本以上は飲まされたと思います(笑)。でも、そんな経験を通じて華僑の人たちとの間でのビジネスのやり方を身体で覚えられたのは、とても大きな財産でした。ビジネスの間合い、駆け引き、習慣、懐への入り方など。本当に聞いて覚えるのと体験するのでは全く違いますからね。その経験が次の上海支店に転勤になった時にとても活きました。たぶん中国人スタッフよりも商売は上手くなっていたと思います(笑)。成長しているときって、実感がなかなか得られないですが、ふとした瞬間に気付くものですからね。なので、みなさんも辛抱は大事です!

 

Q4.海外で働く上で大切にしていることはありますか?

スタッフにいつも言うのですが、「会社のために働くのではなく、自分の成長、自分の将来のために頑張れ」と。それが結果的に、会社の成長にも繋がっていくのだと思います。新興国に限りませんが、若い駐在員と現地スタッフはできる限りフェアな立場で競争し、また協力できるような体制作り、そういった木目細かな配慮を心がけています。日系企業で日本人だから特別扱いというのは、グローバル企業へ更に発展させていく上で大きな阻害要因になってくると思います。私は日本人、現地スタッフ、また韓国や台湾等の国々のスタッフがお互いの強みを生かし、弱みを補うダイバーシティチームでの運営が有効であると考えており、その中でどう高いリーダーシップを発揮できるかがこれからの人材育成で肝心だと思っています。そのためには若いうちから経営についても勉強できるチャンスを与えていかねばなりませんね。実はベトナムの会社では、現地のマネージャークラス以上に全部ではありませんが、かなりの経営数値をオープンにしています。まあ、相当にドキドキしながら始めたんですが(笑)そうすると皆、当事者意識が働いて成長スピードが俄然早くなっている気がします。あと、今の自分があるのは上海時代の営業で現地スタッフの誰よりも、動き回っていた経験も大きいと思っています。絶対負けないぞっていう気持ちでやっていました。つまり、現場主義、お客様のことを熱心に常に考え抜ける人、こういう人が成長していくのだと思います。何でもそうだと思いますが、10年間で良いので必死にやれば、誰でもたいていのことはしっかりと身につくものだと信じています。

 

Q5.ベトナムについてはどう考えていますか?

今後、将来を考えると色んな意味で重要な国になることは間違いないと思っています。私は中国から、ベトナムへ転勤で来ましたが、印象はとても良いですね。まじめで人間性も見習うものがあると思います。中には、すぐジョブホッピングするとの話もありますが、それはこういう伸びている国では仕方がないことだと私は認識しています。可能性があればチャレンジしたいと思うのが、自分でも普通だと思いますから。それらを前提にマネージしていかないと駄目だろうと思うのです。

 また私の父が「人生最大の喜びは、偉大なる精神、グレートパーソナリティに出会うことだよ」といつも言っていました。仕事が全てではありませんが、心がけていれば仕事を通じてエキサイティングな出会いがたくさん生まれると思います。せっかく異国の地で働いているので、若い方はどんどんと人と出会うチャンスを作って欲しいですね。もちろん独身の人には言わずもがなですが(笑)

私は本当の意味での「異文化コミュニケーション」がこれからもっと大切になってくるんだと思います。これは、単に語学力がある、なしの話ではなく、親が子を思うように、時に厳しく、そして優しく、裏表をみせず、自分を精一杯ぶつけていくこと、大切なのは親子の情を持って人に接すること、そして1人一人の心をしっかり見つめていくことが異文化においてもコミュニケーションの本質だと思いますし、これは両親から子供へ、教師から生徒へ、上司から部下へとかつては「暗黙知」として伝達されてきたことですが、日本企業の多くがグローバル化に苦戦しているのは、実はそういった日本人としてやせ我慢をしても貫かねばならない特性を失いつつあるからだと勝手に考えています。ただ、お前はどうなんだと言われると困るんですが(笑)

社長 敷田透(しきた とおる-43-)

プロフィール

お名前 : 社長 敷田透(しきた とおる-43-)