ホーチミンの高級クラブ「倶楽部 舜」上原千香子ママの想い

ホーチミンの高級クラブ「倶楽部 舜」上原千香子ママの想い

「人生は自分次第 頑張れば頑張った分だけ返ってくる」

 

2022年4月、沖縄県那覇市松山にある1986年創業の老舗高級クラブ「倶楽部 舜」がベトナム、ホーチミン市1区レタントンに海外進出を果たした。

 

「倶楽部 舜 ベトナム・ホーチミン店」でママを務める沖縄県那覇市の二千年グループ会長の上原千香子さんは4人の息子を連れて27歳で離婚。専業主婦から一転、家族を守るため、生活のためにスナックで働き始めた。

 

今や那覇市松山にて「倶楽部 舜」をはじめ保育園や児童クラブ、不動産事業、飲食事業等を展開し、従業員100名を超える企業を束ねる。

 

上原さんは、「人生は自分次第、頑張れば頑張った分だけ返ってくる」と常に前向きに生きてきた。

離婚、借金...乗り越え経営者へ

上原さんは、20歳で結婚し4人の男の子に恵まれたが、 27歳で離婚した。離婚当時、長男は6歳、四男は1歳余りであった。

 

また、別れた夫が事業の失敗で残した2千万円の借金を抱えることになった。

 

上原さんは、幼少期からスナックを営む母を見て育ったこともあり「夜の仕事は絶対やりたくない」という思いがあったが、子育てと借金返済のため、母のスナックで働くことを決意した。

 

実家近くに6畳1間、家賃4万1200円のアパートを借り、親子5人で生活。 夜は実家の父が子どもたちの面倒を見てくれていた。


当時、母が営むスナックでは平日の客入りが少く、どうしたら良いのか、流行りのお店へお伺いし勉強もしたという。

 

その中で上原さんは「1人でも来てくれるお客さまを大切にしよう」と考えるようになり、お客様一人ひとりと真剣に向き合い始めた。 


すると、自然とお客様の輪が広がって行き、店でも自分の居場所が感じられるようになった。

 

専業主婦の時は、「家事をすることが当たり前」といった感じで何も認められることはなかったが、お客様は『千香ちゃん、頑張っているね』と上原さんを認めてくれた。


また、十数年ぶりにお会いするお客様のお名前を覚えている母に驚いた。
同じ夜の仕事をはじめたことをきっかけに、母は「人の人生の中に自分を残した生き方」をしている、と初めて母の生き方を受け入れられた。


「ビジネスとして本格的にやろう」と働き始めてから数カ月で母から店を譲り受けた。

 

営業後は、家でその日にご来店されたお客様についてまとめた。お客様のお名前から飲んでいるボトルの銘柄まで細かく覚えるようにした。仕事への意識が変わると、売り上げが上がりだした。

 

「自分がやることをしっかりとやれば返ってくる」そう実感できた。

家族を一番大事にする

スナックで働くに当たって、上原さんは絶対に譲らないルールを決めた。


「一番の仕事は子育て。店が終わったら、真っすぐ帰る」


子育てと仕事をどれだけ精一杯頑張っても、「水商売をしている親」と差別的な言葉を投げ付けられることもあった。 
だからこそ、後ろ指をさされないように、朝は必ず朝食を作り、子どもたちを学校へ送った。授業参観や部活動などの行事には、積極的に足を運んだ。


子どもたちとの時間を心の支えに、2千万円の借金を6年で返済した。

 

自身の生活が落ち着くと、頑張っている他のシングルマザーとその子どもたちに心が向いていった。

上原さんは、西暦2000年に子どもが安心して過ごせる場をつくろうと那覇市銘苅に「なないろ保育園」を開園した。

 

その後は、那覇市松山の「倶楽部 舜」を譲り受け、不動産事業の設立、学童保育、保育園事業、レストラン事業など合計9社を抱えるまでに成長させた。

ベトナムに懸ける想い

上原さんの好きな沖縄の言葉に「いちゃりばちょーでー」と言う言葉がある。

 

この言葉は「一度会えば兄弟」言い方を変えると「人類皆兄弟だから仲良くしましょう」という意味だ。

 

上原さんは、初めてベトナムを訪れてから、この「いちゃりばちょーでー」を、人を大切に思う沖縄の心と似たものを、ベトナムの人々の中に感じ、直ぐにベトナムが好きになったという。


母から学んだ「人の人生の中に自分を残してきた生き方」をベトナムの地で挑戦してみたいと思い3年、やっと動く時がきた。

 

「一期一会」一生に一度会う出逢いを大切に「志動」今を受け入れ、それが未来へつながる事を信じて。

母から学んだ「人の中に自分を残した生き方をしてきた生き方」とは

上原さんが生活のために水商売を始めた頃は、幼い頃から母の仕事が好きでは無く、尊敬もできなかったという。

 

しかし、子育てと借金返済のためと決意し、母のスナックで働きはじめた。

 

ある日、1人のお客様が「このお店のオーナーは変わってませんか?」と訪ねてきた。

 

上原さんは「大丈夫ですよ、うちの母がやってましたから。どうぞビール1杯でも飲んでいってください」と応えた。

 

2本ほど飲んだ頃、お客様が「定年退職し、自分が手掛けた海洋博を見にきたんだ。でも1番嬉しかったのは、"エメラルド"と言う看板があった事かな」と話し、上原さんは「母、焼き鳥屋さんしてるからよかったら覗いてみませんか?」とお誘いした。

 

「何年も前のこと、きっと僕なんか覚えてないよ。」と歩き向かった。

 

「いらっしゃい橋本さん」

 

お客様が焼き鳥屋のドアを開けた瞬間だった。

 

お客様の笑顔を見た時、上原さんは嬉しさが込上げるとともに、母の言葉に鳥肌が立った。

上原さんが「私はこの水商売をビジネスとしてきちんとはじめよう」と決心した瞬間であった。

「人の人生の中に自分を残して生きていた母は凄い」と。


27歳で水商売をはじめ、褒められる、認められる、自分の居場所がある。

それを女の子達に伝えたい。何も恥ずかしい仕事ではない。すばらい仕事だと!

 

今日は午前9時30分、事務所に出勤。午後8時から「倶楽部舜」でお客様を迎える。

平均睡眠時間は約5時間だが、疲れた顔は一切見せない。


『自分の居場所がある』 『人に褒められる』『人に認められた喜び』が自分自身が変わるきっかけとなった。

「最後の挑戦として、今回のチャレンジを決意しました。新たな地で沖縄の舜メンバーと新たなチャレンジを。」

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